早朝5時過ぎに太陽が顔を出す。
すくすく伸びた稲に宿る無数の朝露が陽光にキラキラ光っていて、これを見るだけで心が弾んできて気合いが入る。
早朝ウォーキングはお勧めである。
さて。
剣道や空手の心得に「遠山(とおやま/えんざん)の目付」というのがある。
目付(視線)は、剣先(拳先)など一点に捕らわれるのではなく、
「遠くの山を漠然と眺めるように、対峙する相手の全体像を見よ」
ということで、目の〝居着き〟を戒めたものだ。
で、今朝のこと。
「遠山の目つき」を実践するため、小高い丘の雑木林を遠くに仰ぎ見ながらウォーキングしていて、
(あっ!)
30センチほどの子蛇をあやうく踏みそうになった。
私は蛇が大嫌い。
総毛立つのが自分でもわかった。
道幅は3~4メートルの鋪装道で、田んぼから少し高くなっているのだが、この道をヨチヨチ(と言うのかどうかわからないが)、子蛇が田んぼから広い湿原に向かって移動していたのだ。
足もとが見えなかったということになり、私は「遠山の目付」の解釈を間違っていたことに気づいた。
遠くを漠然と眺めると同時に、足もとをも見よ、ということなのだ。
(なるほど、なるほど)
感心しつつ、これは人生にも言えるのではないかと考えが広がる。
遠くを見ていれば道を間違うことはないが、足もとをおろそかにすると、うっかり子蛇を踏んでしまう。
つまり、人生のつまづきである。
反対に足もとを注視していれば、つまづきは防げても、大きく道を過つ危険がある。
すなわち、足もとに注意を払いつつ遠くを見やる。
これが「遠山の目付」のキモなのだと、子蛇から学んだ次第。
だが。
とは言いつつ、ゴールが間近になった後期高齢者にとって、いまさら「道を過つ」はあるまい。
気をつけるべきは「つまづき」なのだ。
となれば、「遠山の目付」が大事なのは若いうちで、歳をとったら「足下の目付」こそ肝要ということになる。
(なるほど、なるほど)
納得しつつ、今度は視線を足もとに落としつつ、歩いたのである。
幸いにも子蛇には遭遇しなかったが、
(あっ!)
農道を抜けてくる軽トラックに気づくのが遅れ、危ないところだった。
何歳になっても、遠くと足もとの両方を見なくてはならないようで、
(なるほど、なるほど)
と、今朝は「なるほど」を連発しつつ歩いたのである。