図書館とブックオフ。
このところ、よく足を運んでいるので愚妻は機嫌がよい。
図書館で借りる本はタダ、ブックオフは安価。
そのぶんだけアマゾンで購入する本代が少なくなるからである。
物書きにとって本代は必要経費であり、投資であると私は思うのだが、愚妻には通じない。
何しろ、このン十年というもの、私が何を書いているか、どんな本を書いているかさえ知らないのだ。
先月、『寝業師の仕事術』がプレジデントオンラインで紹介され、そのことを愚妻に告げると、
「あら、そんな本を書いたの?」
こともなげに言ったものだ。
出版社から再版のフリコミ通知書が来ても、見るのは金額だけで書名など見向きもしない。
私はかつて劇画の原作もやっていたので、フリコミ通知書を見ながら、
「劇画は長く売れるんだな」
感心すると、
「あら、この題名の本ってマンガなの?」
そして、
「不思議よねぇ、読む人がいるんだから」
ひどい話ではないか。
私は、そんな家庭環境のなかで執筆しているのだ。
しゃくにさわるので、内助の功の鑑とされる「山内一豊の妻」について話題に出してみると、
「あら、あなた、馬が欲しいの?」
愚妻を相手にしていたのではイラついて、原稿が進まない。
ストレッチで気分転換する。
おかげで気分転換だけはうまくなった。
こういうのを「ケガの功名」と言うのだろう。
ありがたいことではないか。