昨日、AIを使用していて驚いた。
全国の水害状況をチェックしようとして、手始めに能登についてAIに質問すると、現状についてくわしく回答したあとで、
「もし能登に行かれるのでしたら、ルートは」
と、私が住んでいる地域からの道案内が表示されたのである。
私が住んでいる場所など入力していない。
それにもかかわらず、AIは知っている。
おそらく、過去の質問から推測して住まいの位置を把握しているのだろう。
これまで、私に関するどんな情報が吸い上げられているのか。
AIの危険性は承知はしていたが、こうした現実に直面すると、実感として「ヤバイなァ」である。
これからは気軽に質問するのではなく、質問の仕方や文言には細心の注意を払うべきだと反省した次第。
愚妻にこのことを話すと、
「私はAIなんか使わないから大丈夫」
あっけらかんとしたものだ。
「使うかどうかの問題ではなく、そういう時代になったという認識が大事なのだ」
「大丈夫。私はAIなんか使わないから」
「そういう問題ではないと言っているだろう」
「私は使わないって言ってるじゃないの!」
キレている。
このときふと、
(この女がAIを使えば、AIも困惑するのではないか)
そんな思いがよぎる。
ひょっとしたら、人間はこの「アバウトなアナログの力」こそ、最大の武器になるのではないか。
すなわち論理を無視し、理屈を無視し、忖度を無視し、誰が何と言おうと我が道を堂々と往くいくのだ。