今週の頭に徹夜した。
久々である。
興に乗るまま原稿を一気に追いんだのである。
こうなると、ポモロードタイマーは一切無視。
ピッピッピッと鳴って、25分経過の合図を送ってくるが、
「うるさい!」
スイッチオフ。
これまで重宝がられていたのに、ポモも気の毒なものである。
こうしてとりあえず送稿し、朝風呂に入ってから熟睡。
だが、ひと晩の徹夜で、その後はまる二日間にわたって後遺症である。
無気力状態で昼間からごろごろで、日帰り温泉にも行く気力もなし。
私が弱ると機嫌がよくなるのが愚妻で、
「やっぱり歳なのよねぇ」
ニンマリ笑って喜んでいた。
それでも一昨日の葬儀までには何とか回復し、無事、お勤めをした。
その帰途、唐突に瞑想のことがひらめいた。
週末の「一日断食」は即刻中止したが、今度は瞑想をやってみることにしたのだ。
深い意味はない。
過日、あるヤクザ親分さんに会ったら、毎朝、瞑想をルーチンにしていると言っていたからだ。
ならば、わしもやってみるか。
「おい、瞑想をやるぞ」
帰宅して愚妻に宣言すると、
「何でもやってちょうだい。どうせすぐにやめるんだから」
投げやりな言葉を聞き流し、さっそくネットでやり方を検索。
目を閉じ、呼吸に意識を集中するだけだ。
よし、今夜から寝る前にやってみるか。
思い立ったら即行動が私の長所であると自負しているのだが、愚妻に言わせれば、
「あなたの気まぐれで、周囲がどれほど迷惑してるのかわかっているの」
ということになるらしい。
だが、世間に言う。
「騙す人より、騙される人になりなさい」
となれば、「迷惑をかける人より、かけられる人」のほうが、人間として尊いということになる。
この論理でいけば、愚妻は私のおかげで「尊い人」になれたということになるだろう。
「感謝せよ」
と言ったら、返事をしなかった。