昨日、葬儀に出仕した帰途、ふと閃く。
葬儀の次第にのっとって私が読経し、それを録音しておいて、私の葬儀で流したらどうか。
坊主はもちろん不要。
私が死んだときは、家族だけの一日葬でよいとかねて申し伝えてある。
自分の葬儀を自分で勤めるなんて、何とも面白いではないか。
表白も述べるが、いつ亡くなるかわからないので、月日と年齢はカットしておく。
法話をするのもいいだろう。
うんと誉めちぎるか。
グッドアイデア。
「どうだ、この考えは!」
帰宅して愚妻に言うと、
「それ、いいわね!」
大賛成してから、
「じゃ、先に私のを吹き込んでおいてよ」
妙なことを言い出す。
「お前の葬儀は、わしが勤めるからテープはいるまい」
疑義を呈すと、
「あなたが先に亡くなったら、それはできないじゃないの」
「確かに」
どこまでもリアリストなのだ。
私は言葉少なにうなずくばかりであった。