歳時記

AI時代はウェルカム

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AIの進展で、「手に職」がブームなのだそうだ。
さっきもNHKテレビでやっていた。
AIに奪われない仕事ということで、鮨職人といった手仕事や、建設業といったエッセンシャルワーカーを指向する若者が増えているとか。

番組をつらつら観ながら、私が10代だった60年ほど前も、それと同じことが言われていたことを思い出した。

「手に職なら、鮨職人なんかカッコいいな」
そう思ったものだ。

何のことはない。
時代は一歩も進んでいないということなのである。

19世紀初頭、イギリスで「ラッダイト運動」というのがあった。
「機械うちこわし運動」と訳される。
産業革命によって失職の影響を受ける労働者たちが起こした機械破壊運動である。

いま時代が19世紀であれば、AI革命も「ラッダイト運動」でコンピューターが打こわされているのだろう。

だが産業革命によって生産性は飛躍的に向上し、まさに産業界に革命を起こした。
職を奪われるはずの労働者はどうなったか。
奪われた者も多いが、産業の構造変化に吸収され、それぞれの職域で働いており、AIの進展は、それと同じことが起こるのだろう。

あわてることはない。
心構えとしては、AIと敵対して「ラッダイト」に走るのではなく、これをどう利用するかを考えればよい。

どう利用するかは、それぞれ職種によってちがうが、私はアイデアに関する「話し相手」だと思っている。

これまでは自問自答し、あるいは編集者と話し合い、アイデアや方向性を煮詰めていったが、いまはちがう。
その前段としてAIに意見を聞き、回答を吟味し、自問自答してさらに揉み、自分流の価値観によって結論を出し、その上で編集者と話し合う。
AIに回答を求めるのではなく、助手として使うのである。

AIに文章を書かせてみて感じたことは、なるほど文章そのものは過不足なく書けているが、「行間」が書けていない。
恥ずかしながら、この歳になって、文章は「行間」が勝負だと附に落ちてわかった。

落語は「間」で語り、書道は「余白」で書き、作品としての文章は「行間」で読者に訴える。
AIはそのための助手であり、AIの意見をどう参考にするか、ここが「能力」ということになるのだろう。

そういう意味で、AIの進展はウェルカム。
楽しみな時代になったと思うのである。

いまの若い人に言っておきたいが、「手に職」やエッセンシャルワーカーが高給なのは、人が足りないからだ。
多くの人が押しかければ人が余る。
需給の法則からいって給与が下がるのは自明のことなのである。

『人の行く裏に道あり花の山』

何事も判断に迷ったら大勢とは真逆の道を行くこと。
仕事も人生も「逆張り」をもって最上とするのだ。

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