腰全体が痛むようになってきた。
身体を動かすと、
「思わず、痛テテテ」
と口走ってしまう。
昨日のご葬儀で出棺のときがそうだ。
「痛テテテ」
歩き始めたとき、思わず口をついて出てきた。
「大丈夫ですか?」
年配の喪主(未亡人)が背後から声をかけてくださった。
喪主は昨年、転んで腰を痛め、難儀したのだと通夜でおっしゃっていた。
私も腰痛だと余計な話をしたので、気づかってくださったのだろう。
私としては「雑談」もまた、ご遺族に寄り添うことになると思ってのことだったが、悲しみに暮れてらっしゃるときに「私事」など口にするものではないと反省しきり。
そんなわけで、今朝は腰痛が少しでも良くなれば思い、日帰り温泉に出かけた。
電気風呂だの、炭酸風呂だのに何度も入る。
プラシーボ効果か、少し楽になった気がする。
湯船に浸かっているときにふと気づいたのだが、考え事をしているときは腰痛が気にならない。
戦場で戦っているときは頭痛など吹っ飛ぶと言うが、痛いとか苦しいとかという感情は「平時」のものということか。
要するにヒマ人の戯言(たわごと)ということになるだろう。
となれば、腰痛を訴える私はヒマ人ということになるではないか。
自分がいくら忙しいと思ったところで、結局、ヒマ人なのだ。
そう思うと、腰痛に顔をしかめる自分が、何だかアホらしくなってくるのである。
今日は午後、駅前の喫茶店で人に会う。
着物でも着ていこうかと思うが、天気を勘案して単衣を着るかどうか迷い、愚妻に意見を求めると、
「何でも着て行けばいいでしょ。あっちが痛い、こっちが痛いと言っている人が何をトボケたこと言ってるのよ」
そして、言った。
「あなたもヒマねぇ」
そうか。
私はやっぱりヒマ人なのか。