歳時記

「予期せぬ偶然」が人生を変える

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 今日、1月2日は「書き初め」の日である。
「おい、書道の用意をせよ」
 愚妻に命じようと思ったが、素直に言うことをきくわけもない。
 新年早々、無用の争いを避けるのが賢者というものなのだ。
 かれこれ十数年ほど前になるだろうか。
 私は書道教室に通った時期がある。
「書は一瞬の芸術」
 という言葉に惹かれ、
(よし、これだ!)
 と思い立ったのである。
 油絵など絵画は、何度も重ね塗りをして仕上げていくが、書は一気に書き上げるもので〝書き直し〟がきかない。
 この緊張感に魅力を感じたというわけだ。
 で、さっそく近所の書道教室に通い、市民展覧会に作品を出したり、3段まで進んだところで辞めた。
 愚妻の協力が得られなくなったからだ。
 私が書くときの用意は、すべて愚妻がやっていた。
 筆、墨、半紙、文鎮と愚妻が段取りを整えたところで、やおら私が正座し、一気に書きあげのである。
 そして、私が書きあげた習作を愚妻が書道教室に持って行き、先生のアドバイスを聞いて帰ってきて、それを私に告げるのだ。
 こうして3段まで昇段したところで、
「ちょっと、自分のことは自分でやってよ!」
 内助の功を見事に放棄。
 かくして私は、書道を断念したのである。
 だが人生は面白いもだ。
 書道教室はご夫婦で教えてらっしゃるのだが、愚妻が私の習作を持って教室へ通っているうちに、奥さんとすっかり仲よくなり、今度は愚妻が習い始めたのである。
 そして、いま師範の一歩手前まで来た。
 もし私が、習作を持って書道教室へ行かせなければ、愚妻が書を習うことはなかったろう。
 ここなのだ。
 書道は一例として、かくのごとく人生は、「はからずも」という偶然によって変わっていくということのである。
 今日の延長線上には「今日」しかない。
 今日と違う「明日」は、予期せぬ偶然によってもたらされる。
 いや、「予期せぬ偶然」でしか、もたらされないのだ。
 そして「予期せぬ偶然」は、病気や人生の躓(つまず)きなど、往々にして「望まぬこと」が多いもの。
 だが、その「望まぬこと」が「今日と違う明日」をもたらしてくれるとするなら、私はウェルカムとしたい。
 

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