土、日と続けて納骨法要のお勤めだった。
両日とも天気が良く、
「いい天気ですね」
両家ともそんな挨拶から。
どちらも90代のご往生とあって、ご遺族には吹っ切れた気持ちがあるのだろう。
若くして亡くなればご遺族の悲しみは深く、さりとて長生きをすれば介護など周囲の手をわずらわせることになる。
かといって、人それぞれ環境も異なり、亡くなるのにほどよい年齢というものはない。
しかも、亡くなる原因は、事故か病気か老衰の三つ。
そう考えると、死を厭(いと)うのは当然で、
「死後、私たちはどうなるか」
という発想が出てくる。
実際、死後は極楽に参ってハッピーになるとなれば、死に対する見方も変わってくるだろう。
宗教の出現は必然ということになる。
だが、宗教が人々を引きつけるのは、「極楽」の対極に「地獄」を設けていることだ。
地獄があるから天国を切望する。
こうし宗教は広まっていく。
つまり何事も「ネガティブこと」によって「ポジティブなこと」が引き立つということなる。
すなわちネガティブとポジティブは「一如」であるとするなら、「不幸」は「幸福」と受け取るべきではないか。
果たしてこれは、詭弁か真理か。
朝っぱらから余計な思いがよぎり、原稿の執筆の手が止まるのだ。