歳時記

「決意せず」という生き方

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時間があるときにブログは書けばいい。
そう思っているときは、あれも書こう、これも書こうと、いろんなことが浮かんでくる。

ところが、人生にはメリハリが大事だとふと思い立ち、
(よし、月、水、金にブログを書くことにしよう)
そう決めると、ハタと書くことがなくなる。

書くことがないどころか、
(ありゃ、もうブログ日か)
と、ブログに追われることになる。

人間は、
「ねばならない」
という義務感を背負ってしまうと、それが重荷になるということが身にしみてわかるのである。

その昔、劇作家の梶原一騎宅によく遊びに行っていたころ、いろんな人生の要諦について話してくださったが、その中に、
「いいか、〝ねばならない〟という生き方が一番いかん」
そうおっしゃった。

そんなものかと、その場は聞き流したが、人生を長く生きてくると、
(なるほど)
と附に落ちてわかってくるのだ。

義務感を背負えば逃避したくなるのが、人間の性(さが)なのである。

禁煙や断酒の要諦とし、「決心してはならない」というのがある。

「吸ってはならない、飲んではならない」
と決心すると、吸いたくなり、飲みたくなるのが人間心理だという。

これもまた、「ねばならない」の弊害と言っていいだろう。

会社へ行くのがイヤになるのは、
「会社へ行かねばならない」
という義務感があるからだ。

私はかれこれ130冊ほど書いているが、原稿を書くのがイヤになったことは一度もない。

ということは、
「書かねばならない」
という、「ねばならない」の意識がないという理屈になる。

〆切に追われ、あせりから寝汗をかくことはあるが、書くこと自体がイヤなわけではない。
たぶん楽しみで書いているのだろう。

いや、「楽しみ」ではなく「楽しむ」か。

「おもしろきこともなき世をおもしろく すみなすものは心なりけり」

高杉晋作の辞世の句である。

あえて決意せずして、心を遊ばせる。
どうやら、ここいらに「人生の要諦」があるような気がするのである。

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