歳時記

「早着」は三文の徳

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 昨日は午前中、三回忌のお勤めを頼まれ、霊園の式場へ出かけた。
 一応、地図で場所を確認はしていたのだが、新しい霊園だと聞いていたのでカーナビには出てこない。
 近くまで行けばわかるだろうと思って出かけたところが、あせった。
 当たり前のことだが、霊園がある一帯はだだっ広く、店もないので訊くことができない。
 しかも、土地勘ゼロとあって、
「ヤバ!」
 幸いにも、じゅうぶん時間を見て行ったので、グルグル走りまわっているうちに案内標識を見つけ、間に合った。
 これは週刊誌記者時代の習性で、私は約束の時間よりうんと早く現地に着く。
 インタビューに遅れると大変だし、アタフタと駆けつけるようでは、ろくな取材はできないからだ。
 だから、愚妻のように、
「エー、一時間で着くから、家を出るのは・・・」
 と、費やす正味時間で計算する神経が私には理解出来ない。
「途中でクルマがパンクしたらどうする」
「あら、パンクなんかするかしら?」
 実に呑気なことを言う。
「羽田空港に行くとき、パンクしたことがあるではないか。早めに出たからパンク修理して飛行機に間に合った」
「そんなこと、めったにないでしょ」
「空港の駐車場が満杯で入れなったこともある。飛行機の時間に遅れるので、路上に駐車して出かけたら、保管法違反で罰金を取られた」
「早く出ればいいのよ」
 バカ者が、だから早くでなければならないという話をしているのだ。
 昨日は回忌法要のあと、夕刻から成田市内で空手関係の懇親会があった。
 これも、例によって早く出かける。
 一時間ほど早く着いた。
 せっかくだからと、成田山新勝寺の参道から脇道に入って歩いてみた。
 小粋な店があり、新たな発見があった。
「早く着きすぎて時間がもったいない」
 と考えるのは間違いで、早く着きすぎるから新たな発見がある。
 早起きと同様、「早着」にも三文の徳があるのだ。

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