歳時記

「道歌」を人生に置いて読み解く

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 今日は、いい天気である。
 気温はさほどでもないが、九十九里の空は青く、白い雲がゆっくりと流れている。
 仕事部屋から雲を見上げていて、ふと居合の道歌が脳裏をよぎる。
『吹けば行く 吹かねば行かぬ 浮雲の 風に任する身こそやすけれ』
 意味は、いろいろに受け取れる。
 相手と対峙したときの間合いの極意とも読めるし、立ち会いに臨んで迷いを断ち切った心境とも読めるだろう。
 私は道歌というやつが好きで、人生に置き換えて読み解く。
 たとえば先の、
『吹けば行く 吹かねば行かぬ 浮雲の 風に任する身こそやすけれ』
 とは、
「人生という風に身をまかせ、苦も楽も甘受せよ」
 と読み解ける。
 もっと言えば、
「風に任せるしかないのだ」
 と、敢然と、積極的に受け止めてもよい。
 あるいは、
『年ごとに 咲くや吉野の桜花 木を斬りてみよ 花のあるかは』
 という道歌は、
「幸せとは心のありようであって、実体はないにもかかわらず、幸せを求めようとする愚かさ」
 と受け止められる。
『武士の酒を過ごすぞ不覚なる 無下に呑まぬも又おろかなり』
 というのは、
「清濁併せ呑む」
 と読み解きたい。
『武士の心のうちに 死の一つ忘れざりせば 不覚あらじな』
 この覚悟があれば、まさに「想定外」などあり得ないということになる。
 道歌は、先人が生死の狭間に身を置いて、
「かくあるべし」
 と詠んだものだ。
 だから、人生という修羅場に即して読み解けば、
「なるほど」
 と腑に落ちてわかるのだ。

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