歳時記

「随縁悠々、放下自然」

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一昨日、奥歯が痛くなった。
歯を軽く噛み合わせるだけで痛い。
そのうちジンジンと痛みが襲ってくる。

「おい、歯が痛い」
愚妻に言うと、
「歯医者に行きなさいよ」

単純明快な返事。

「心配せんのか」
「私に歯のことまでわかるわけないでしょ」

そして、
「干物を囓るから悪い」
「ピーナッツを食べるから悪い」
と、まるで悪行のごとく並び立てて私を非難したあげく、
「朝早くからドシンドシンとうるさいし」

あらぬ方向に話が飛んでいく。
私は朝七時になると、階下の居間で短時間ながらストレッチや空手の基本稽古をしている。
愚妻の寝室は居間の真上なので、それがうるさいと言うのだ。

「ちょっと待て。なぜ歯痛が、朝からうるさいという話になるのだ」
「何でもかんでも、あなたはうるさいのよ」

正統な抗議も一刀両断にされて終わりになるのだ。

頭痛や腹痛放っておいても治ることがあるが、歯痛は決してそういうことにはならないため医者に行け、と何かで読んだことがある。

で、昨日、予約していつもの歯科医へ。

レントゲンを撮ると、歯の根っこには異常が見られないので、嚙み合わせの問題だろうとの見立て。
あのイヤなモーター音を響かせて嚙み合わせの調整をした。
「これでしばらく様子を見てください」

帰宅して愚妻にそのことを告げると、
「あっ、そう」

それだけ。
簡潔なものである。

このとき私はさとる。
すべては甘受し、受け流すことが肝要なのだ。

『随縁悠々、放下自然』

私の新たな造語だ。

何事も縁に従って悠然と引き受け、執着を捨てて自然(じねん)にまかせるという意味だ。

「おい、どうだ、この言葉は」
愚妻に披露すると、
「あっ、そう」

それだけ。
簡潔なものである。

まさに、私に対してだけは「放下自然」を地でいっているのだ。

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