歳時記

朝青龍と沢尻エリカ

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 ここ数日、朝青龍の優勝と、沢尻エリカ挙式のニュースが繰り返し流れていた。
 どちらもオメデタイことだとは思うが、両人とも、ついこの間までバッシングされてたことを思えば、メディアの節操のなさには苦笑するしかないだろう。
 いや、節操のなさというのは正確ではない。
 メディアは、ニュースバリューのない〝無名の人間〟は扱わない。
 ということは、ホメたり、ヨイショして〝有名〟にしておいてドカンと叩き、叩いたら、今度は一転、またしてもヨイショしてニュースバリューを高めつつドカンと叩く。
 つまり、株価操作に似ていて、株価をつり上げて高値で売り浴びせ、暴落したところで再び買い戻して株価をつり上げ、そして売り浴びせ……。
 この繰り返しであることが、週刊誌記者出身の私としては身にしみてわかるのである。
 ただし、〝株価〟たるご当人たちが、そのことにどこまで気がついているだろうか。
 投機対象になっているうちはいいが、ボロ株になったら紙くずとしてポイ捨てされるのだ。
 かのリーマンブラザースだってポイ捨てだし、米国ビッグスリーだってヤバイ。
 同様に、どんな人気者や有名タレントでも、明日はわからない。
 株と同じで、ちょっとしたことで一転、売り浴びせられるのだ。
「向谷君な、大衆というは残酷なものだぞ」
 かつて、劇画作家の故梶原一騎先生が、暴力事件で世間からバッシングされたとき、私にしみじみ語ったことがあるか、まったくそのとおりだろう。
 そう考えれば、大衆には〝権力〟がないと言うが、それは違うのでないか。
 自民党の右往左往も、民主党の攻勢も、有権者という大衆を意識してのものだ。
 すなわち大衆、あるいは世間という〝得体の知れないもの〟が、結局、歴史を動かしているのではないだろうか。
(一般大衆とはいったい〝何者〟なのだ?)
 そんなことに思いを馳せながら、朝青龍と沢尻エリカの笑顔をテレビで見ていたのである。
 
  

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