歳時記

毀誉褒貶は人生の雲霧

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法事で施主と雑談していて、私が今年で76歳になると言ったら、
「お若いですね」
と言ってくれた。

このことを帰宅して愚妻に自慢すると、

「バカみたい。本人を前にして〝老けて見えますね〟と言う人がいるわけないでしょ」

そして、
「お世辞や社交辞令を真に受けるなんて、ノーテンキでいいわね」

嫌味なことを言うのだ。

そうかもしれない。
いや、そのとおりだろう。

だが、お世辞は裏読みせず、素直に受け取って気分をよくすること。
そして、嫌味や批判は、それがたとえ事実であってもスルーすること。
これが「人生を楽しく生きていくコツ」だと私は思っている。

なぜなら「毀誉褒貶」は人生についてまわるもので、
『今日褒めて明日悪く言う人の口 泣くも笑うも嘘の世の中』
かの一休禅師が、人間関係の実相を31文字で見事に喝破している。

さらにこのことを、幕末の儒学者である佐藤一斎は、
『毀誉褒貶(きよほうへん)は人生の雲霧』
と言った。

世間というやつは、そのときどきで誉めたり貶(けな)したりするもので、
「そんなことをいちいち気にしていたら、心に雲や霧がかかったようになって判断に迷いが生じる」
といった意味だ。

これを私流に解釈すれば、
「雲や霧が立ちこめたらその場を動かず一休み。晴れたらまた歩き出せばよい」
と読み解く。

つまり、お世辞は真に受け、嫌味や批判はスルーする人生観である。

「若いですね」
と言われれば、
(そうかそうか、わしは若く見えるのか)
と悦に入る。

反対に、
「老けて見えますね」
と言われれば、
(アホが、どこに目をつけておる)
胸の内で罵る。

愚妻に言わせれば、私のこんな人生観を評して、
「身勝手」
と非難するが、なあに、人生なんて身勝手でよい。

失敗も成功も、自分の人生は自分でオトシマエをつけるしかないのだから。

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