歳時記

理屈とリアル

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昨日は久しぶりに映画を観に行った。
前々から観たかった『三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実』である。

エアコンの工事が来るので、私は邪魔者。
仕事部屋に出かけようかと思ったが、
(まだ上映しているかも)
ふと思い、ネットでチェックしたらやっていたという次第。

三島由紀夫が市ヶ谷駐屯地で自決した1970年11月25日は、私が一浪して大学に入った年だ。

この日、徹夜マージャが延々と続き、昼のテレビニュースで三島自決を報じていたが、それを横目で観ながら、
「ポン!」
朦朧とした頭でゲームを続けていた。

それで、いまだに記憶に残っているのだ。

高校3年当時、成績最下位レベルの私たち仲間は学生運動の影響を受けて、
「差別授業反対!」
なんて学校相手に騒いだ。

いま思えば、その反動なのだろう。
一浪しているうちに、世の中がバカバカしく見えてきて、入学するや酒にマージャンというわけである。

そんなことを思い浮かべながら、『三島由紀夫VS東大全共闘』を観た。
面白かった。
日本の「熱かった時代」に思いを馳せ、「熟年」に逃げ込むことなく、もっともっと勉強して真摯に事物に向かい合わなければならないと思いを新たにした。

そんなわけで、気合いが入ったまま帰宅すると、
「映画、面白かった?」
愚妻が問う

ノーテンキな質問である。

「おまえの言う〝面白い〟の定義をハッキリさせなければ、答えようがない」

全共闘的な問い返しをしたが、そんなことは愚妻には通じない。
「ヘソ曲がり!」

一刀のもとに斬り捨てられてしまった。

つまり論議・論戦・受け答えは、土俵が同じでなければ成立しないという、きわめて当たり前のことを再認識した次第。

愚妻と全共闘諸氏が論戦すればどうなるのだろう。
理屈は結局、リアルを論破できないのではなかろうか。

「腹が減った」
「それは腹か減ったのではなく、脳がそう知覚しているに過ぎない」
「なるほど。しかし、腹が減った」
「だから、それは脳の知覚なんだ」
「どこが知覚しようが知ったことか。わしは腹が減っておるのだ」

これでいい。

バーチャル時代だからこそ、愚妻のリアルは勝負になる。
そう思ったのだ。

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