歳時記

「意志」と「縁」

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今年もあと2週間である。
先夜は親しい編集者と今年1年を振り返り、来年のテーマについて話し合った。

これは私の性分なのだろうが、「今日は昨日の続き」という生き方が嫌なのである。
坊主になったのも、きっとそんな思いがあり、人生に突然変異を求めたのではなかろうかと、このごろ考えたりもする。

だが人生は、思いどおりにいかないもので、いくら嫌だと思っても、否応なく今日は昨日の続きになっている。

もっと言えば、ハンドルを切っても、人生はなかなか曲がるとは限らないということであり、
(なんで曲がらないんだ)
と、あせったり腐ったりする。

ここに勘違いがある。
曲げる力はタイヤであって、ハンドルではないことに気がつかない。

ハンドルを「意志」とするなら、タイヤは諸々の「縁」なのだ。

タイヤがハンドルにダイレクトに反応することもあれば、タイヤがバンクし、意志に反してハンドルを取られることもある。

このことに思い至れば、人生に対する考え方も少しは変わってくるのではないかと、これは長く生きてきた私の結論でもある。

思いついた執筆テーマをファイルでパソコンに残している。
それを取り出し、編集者との打ち合わせのときに話してみる。
10年前は、いくらハンドルを切っても曲がってくれなかったタイヤが、そろりと反応を始めた。
曲がったら、アクセルを踏み込こもう。

「来年は今年の続きであってはならない」
と、日帰り温泉の露天風呂で空を仰ぎつつ、自分に言い聞かせるのだ。

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