歳時記

井の中の蛙(かわず)でいよう

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 今朝、京都へ発つ。
 荷造りは愚妻まかせだ。
 海外旅行も、日帰り温泉も、準備はすべて愚妻に一任している。
 だから旅行先から、
「おい、ハンカチはどこだ」
「ローションは入れたのか」
 と電話を掛けることになる。
 そんな私のことを、愚妻は「なまけ者」と言って非難する。
 見る目がないのだ。
 日常の些末(さまつ)なことをしないだけで、私のような勤勉な人間はいない。
 そう言うと、
「勤勉なのは、自分の好きなことをやるときだけでしょ」
 と、生意気にも反論する。
 無理もあるまい。
 所詮、30センチの物差しで、地球を測ることはできないのだ。
 そこで、私がさとす。
「お前のような人間のことを、《嚥雀(えんじゃく)天地の高さを知らず》と言うのだ」
「何よ、エンジャクって」
「燕(つばめ)と雀(すずめ)だ。ヤツらは低く飛び回るだけで、空がどれほど高いか知らんのだ」
「じゃ、あなたは何なのよ」
「そうだな。あえて言えば、鷹(たか)だな」
「鷹は空の高さを知っているの? 宇宙があることを知っているの?」
「そういう問題ではない」
「じゃ、どういう問題なのよ」
 不毛の論争をしつつ、昨夜は更けていった。
 だが、あとでふと思った。
 天地の高さなど知らなくていいのではないか。
 嚥雀は天地の高さを知らず、メダカは河の長さき知らない。そして雑魚(ざこ)は海の広きを知らない。
 還暦を過ぎたら、井の中の蛙(かわず)でいよう。
 そんな思いが、脳裏をかすめるのだ。

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