歳時記

母の死に目

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 歌舞伎俳優の中村獅童が、亡父の通夜で、
「親の死に目に立ち会えない役者で幸せでした」
 と目に涙をためながら気丈に語ったと、昨日の記事に出てた。
 私がマスコミ界に飛び込んだとき、
「芸能人とスポーツ選手とジャーナリストは、親の死に目にあえない覚悟がいる」
 と、先輩に言われた。
 大学を卒業した年で若くもあり、
(そんなものか)
 と、さして気にもとめなかった。
 ところが、それから8年ほどが過ぎ、母がガンに冒された。暮れに見舞いをかねて広島県呉市に帰省し、元気な顔を見て帰京した3ヶ月後。容態が急変し、危篤であるという知らせを受けた。
 すぐに帰りたかったが、翌日、雑誌の〆切原稿を抱えていた。当時はメールはもちろん、ファックスも珍しいころだった。
 私は徹夜で原稿を書いた。
 翌朝、女房と幼い子供二人を連れ、地下鉄九段下駅で編集者と待ち合わせ、原稿を手渡して東京駅へ急いだ。
 まだ携帯電話のない時代で、母の容態はわからない。
 気をもみながら、母が入院していた病院へタクシーを飛ばした。
 暗くなった病院の玄関先で、イトコが私たちを待ってくれていた。
 私は母の死を直感した。
「いま、家に連れて……」
 と、イトコは小さな声で言った。
 そのとき、
「芸能人とスポーツ選手とジャーナリストは、親の死に目にあえない覚悟がいる」
 と言った先輩の言葉を思い浮かべた。
 そんな昔のことを中村獅童の記事を読みながら、ふと思い返した。
 来年3月10日、母の27回忌を迎える。

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