トランプ大統領が、またもや「イラン交渉期限」を延長した。
まるで私の「原稿〆切日」みたいではないか。
トランプ大統領の場合は「駆け引き」による延長だろうが、私の場合は単に「未完成」であるに過ぎない。
だが、トランプ大統領も私も「先延ばし」ということにおいては同じだが、トランプ大統領の場合はイランに対して、
「延ばしてやる」
という態度。
つまり「自分は悪くない」である。
一方、私の場合はどうか。
悪いのは私で、
「申し訳ない」
と、ひたすら低頭するばかり。
原稿が遅れるにはそれなりの理由があるのだが、
「よし、〆切日を延長して少し様子を見ようではないか」
とトランプ流で居直れないところが、私がの限界ということか。
処世術で言えば、「期限」はうんと先に設定しておいて、早めに成し遂げるのがよい。
たとえば、借金返済がわかりやすいだろう。
「来月、返します」
と言って返済が遅れれば、
「なんだ、あいつ」
ということになる。
ところが、
「三ヶ月後に返します」
と言って翌月返せば、
「あいつはしっかりしている」
と、一気に信用がつく。
ところが人間、負い目があると、これがなかなかできないもので、
「来月、返します」
と言ってしまうのだ。
〆切も同じこと。
うんと余裕をみて、
「来年!」
と吹っかければいいのだが、そんなことを言おうものなら、
「鬼が笑いまっせ」
編集者に冷笑されるだろう。
吹っかけるのも相応の「読み」がいるのだ。
このところ法務が続き、原稿に手をつけられず、日にちは容赦なく過ぎていく。
「よし、〆切日を延長して少し様子を見ようではないか」
と、トランプ流で居直ってみようかと密かに考えているのだ。