歳時記

「痛み」と「自意識」

投稿日:

今日は午前中、三回忌法要に出かけた。
痛みを心配したが、薬の追加で少し楽になり、お勤めは大丈夫だった。

だが、まだ痛むのだ。

しかも、痛みの中心が肩甲骨から肩へと移ってきたようだ。

愚妻に湿布を貼ってもらうので、そのことを言うと、
「痛みって移るのよねぇ」
こともなげに言う。

なぜ痛みが移っていくのか問うと、
「そういうことになっているのよ」

いつものように、根拠のないことを断定的に言うのだ。

相手にするだけ時間のムダである。

気分転換にウォーキングに出かけることにしたが、腕を下げると肩も肩甲骨も下に引っ張られるのでズキズキと痛む。

腕を下げることも、振ることもできない。
楽なのは腕を組むことだ。

だが、腕を組んでウォーキングすると、ヘンな人に見られるかもしれない。

「おい、どう思うか?」

愚妻に問うと、
「ヘンな人なんだからいいじゃないの」

頭にきたが反論せず、ウォーキングにでかけた。
人とすれ違うときは、

(イテテテ)

腹の中で言いながら腕を下げ、すれ違うと素早く腕を組む。

そんなことで人の目を気にするのは、何と愚かなことか。
どこぞの爺サンが腕を組んでいようと、腕を振っていようと、世間は関心などなのだ。

それを承知しながらも、自意識が勝手に気にする。
自意識の何と厄介なことか。

人目を気にせず自由に生きるには、わが自意識と格闘し、これをねじ伏せなければならない。

「敵は、わが内にあり」

今日のウォーキングで、あらためて考えた次第である。

-歳時記

Copyright© 日日是耕日 , 2024 All Rights Reserved.