歳時記

携帯用香炉と夫婦のバトル

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法事で施主宅におうかがいするとき、私は把手のついた携帯用香炉を持参する。
施主宅の線香をあげてもかまわないのだが、焼香していただいたほうがいいと思うからだ。

ただ、法事が終わったあとも香炭はすぐには消えないので、安全を考え、ブリキの箱を用意してその中に香炉を納め、クルマのトランクに入れて持ち帰る。
意外に手間がかかるのだが、小学生など幼い子供がいる場合、焼香をしてもらうのは貴重な体験になるという思いがある。

問題は、開式前、香炭に火をつけることだ。

香炭の平面には火がつきにくいので、ローソクの火を用いて香炭の角の部分に着火するのだが、焼香ができる状態になるには着火して5分はかかる。

みなさん着座され、背後から私が着火する様子を無言で見てらっしゃる。
この5分がいかにも長いのだ。
それでついあせり、香炭の四隅、さらに平面にまで着火しようとする。

で、昨年、人差指と中指の先っぽをヤケドした。
「熱ッチチチ!」
と言うわけにはいかず、ガマンしてお勤めをした。

この経験から思案し、ピンセットを用いることにした。
香炭をピンセットでつまみ、着火する。
これなら大丈夫だ。

ところが、なぜかピンセットを施主宅に忘れて帰る。
一昨日、香炉の用意をする愚妻がついに怒った。
「ちょっと、もう3つも忘れてきているのよ!」

だが、忘れることを怒っても意味のないこと。
だから私はさとした。

「いいか、忘れるな、と怒るよりも、忘れない工夫をするべきではないか?」
「ちょっと、人ごとみたい言わないでよ。あなたのことでしょ!」

愚妻はプリプリしながら、近所の店でサイズの異なるピンセットを3本買ってきて、
「好きなのを持っていきなさいよ」

施主は気がつかないだろうが、携帯香炉を持参するのは何でもないように見えて、背後には夫婦のバトルがあるのだ。

『見ればただ 何の苦もなき水鳥の 足にひまなきわが思ひかな』(水戸光圀)

今年も私は水鳥の一年のような気がするのだ。

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