歳時記

日常と非日常

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これから新年の行事、あるいは新年度に向けて諸々の行事が始まるが、オミクロン株の感染急拡大でどうなるか。

ここ2年、私は行事のほとんどスルーしている。
これまでコロナによって多くの行事や会議が流れたが、流れても何の影響もないからである。

飲食店など経営的に気の毒だが、コロナ禍は、これまで何の疑いも持たなかった「当たり前」に一石を投じたということにおいて、私にはとてもありがたかった。

かつて、風水学のドクター・コパさんと仕事をご一緒したとき、こんなことをおっしゃった。

「人生を変えるには、日常に非日常を持ち込むことです」

私なりに解釈すれば、私たちの思考や価値観は、「日常」という繰り返しの生活サイクルが無意識的につくり出しているものであるということ。

つまり「当たり前」に対して何の疑いも持たず、漫然と繰り返すことで「当たり前」という常識に縛られて毎日を送っているということになる。

この「当たり前」を自分の力で打ち壊すと、
「あの人、変人」
と、後ろ指をさされる。

ところが、戦争やコロナのように、社会全体が「非日常」によって打ち壊されたときは、それが「新常識」になる。

たとえば、マスクをかけるのが「当たり前」になったように、新たな「当たり前」の登場となり、私たちはこうして「当たり前」に縛られて生きていく。

日常から非日常が生まれ、非日常が日常になっていく。
そして、ファッションの流行のようにグルリと一周し、やがて「元の位置」にもどっていく。

田舎暮らしの不便さから人々が都会に流れ、いまはその真逆で自然回帰ブームとなっている。

つまり「元の位置」
もともと人間は自然の中で生き、共生していたではないか。
サステナブル(持続可能)の大合唱も結構だが、私には手を変え品を変えて煽っているようにしか見えないのである。

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