歳時記

「パパ」と「父さん」と「倒産」

投稿日:

 学生時代、広告代理店のバイト説明会に行ったときのことだ。
 詳細は忘れたが、会議室に何十人も応募者が集まっていたから、バイト料がよかったのだろう。
 仕事は広告取り。
 いま思えばあやしげな会社で、社長が応募者を前に、
「よく笑った人から採用します」
 と言った。
 営業は笑顔が大事ということである。
 で、社長が言った。
「私の家では、子供にパパと呼ばせています。なぜだかわかりますか?」
 ひと呼吸おいて、
「だって、父さんはまずいでしょう?」
「倒産」を「父さん」に引っかけたダジャレだが、よく笑った人から採用されるのだから、みんな必死でアッハッハ。会場を揺るがすほどの爆笑であった。
 私はバカバカしくなって席を立った。
 いまも追従(ついしょう)でバカ笑いする人を見ると、あのときのことを思い出す。
 未曾有の大不況で、いま広告業界は冬の時代を迎えた。
 あの広告代理店の社名も忘れてしまったが、存続しているのだろうか。
「私の家では、子供にパパと呼ばせています。なぜだかわかりますか?」
 なぜか、あのときの言葉は30数年たったいまも忘れないのだ。

-歳時記

Copyright© 日日是耕日 , 2024 All Rights Reserved.