歳時記

「福田の説得」と「麻生の駆け引き」

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「仕事は〝お願い〟されてするもんだよ」
 故人になられたが、私が敬愛するT氏の言葉だ。
 T氏は十五歳のとき、家出して上京。
 辛酸を舐め、会社を興し、今日までに発展させた。
 そのT氏が、波乱の半生を通じて体得した〝人生の要諦〟など、私に多くのことを教えてくださったが、その中の一つが、
「仕事は〝お願い〟されてするもんだよ」
 という言葉だった。
 多くを語らない人で、私がまだ若かった当時、この言葉の意味を私なりに考え、
「仕事をください、雇ってください、と頭を下げるのではなく、相手から〝ぜひ、お願いします〟と依頼されるような人間になれ」
 と解釈した。
 そのためには、まず周囲に認められなくてはならない。
 人に負けないだけの仕事をしなければならない。
 そう自分に言い聞かせたものだ。
 それから歳月がたち、世間の駆け引きというやつを覚えるにつれて、
「仕事は〝お願い〟されてするもんだよ」
 という解釈に、私はもう一つの意味を見いだした。
 きっかけは知人のカメラマンだ。
「撮影、お願いできますか?」
 広告代理店から、彼に仕事の依頼がきた。 
「海外ロケが続くんで、ちょっと無理かな」
 あっさり断った。
「そうおっしゃらないで、合間を縫って何とかお願いできませんか?」
「ウーン」
「ぜひ、お願いします」
「頭を下げられたんじゃ、断れないね」
「ありがとうございます!」
 かくして、カメラマンが優位な立場で仕事を引き受けたのである。
 これがもし、
「撮影、お願いできますか?」
「いいよ」
 と二つ返事では、カメラマンはここまで優位に立つことはできなかったに違いない。
「仕事は〝お願い〟されてするもんだよ」
 という意味には、そういう心理的駆け引きもあるのではないか、と思うようになったのである。
 福田改造内閣がスタートした。
 麻生氏の幹事長就任によって内閣支持率は上がったそうだが、麻生氏の起用は、
「福田首相が説得に説得を重ね、麻生氏が折れた」
 とメディアは報じている。
「自民党は存亡の危機だ。力を貸してほしい。党総裁としてお願いする」
 という福田首相の〝殺し文句〟に麻生が折れたとする。
 つまり、福田首相の粘り腰の勝利、というわけだ。
 だが、果たしてそうだろうか?
「仕事は〝お願い〟されてするもんだよ」
 というT氏の言葉が、ふと脳裏をよぎる。
 麻生氏が就任を渋ることで、福田首相に必死に〝お願い〟をさせたのかもしれない。
 お願いされ、断り過ぎれば、
「じゃ、結構です」
 と相手は腹立たしくなってあきらめる。
 さりとて、早く引き受け過ぎると、軽くあしらわれる。
 ギリギリまで〝お願い〟をさせ、
「そこまで言うなら」
 と引き受ければ、恩を売ることになり、立場も強くなる。
 難しいのは、どの段階で〝折れてみせる〟かであり、そこを見極めるのが〝能力〟というものだろう。
 このことは、政治やビジネスに限るまい。
 恋愛上手の女性は、生来、その能力を身につけているではないか。
 内閣支持率のニュースを読みながら、そんなことを思った次第。

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