歳時記

「悩みの正体」を考える

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 私は「交渉術」をテーマに何冊か本を書いているが、交渉術においてプロ中のプロは政治家だと思っている。
 たとえば、国会質問。
「小泉総理、北朝鮮に対して、経済制裁を行うのかどうか、お答え願いたい」
「エー、その件に関しましては、エー、現在、関係省庁が協議しておりますので、それを見極めた上で、慎重に対処したいと思っております」
「そうじゃなく、総理として、経済制裁についてどう思っているかを質問しているんです」
「ですから、現在、関係省庁が慎重に協議しておりますので、それを見極めて……」
 政治家は結論を出さない。「鋭意、努力をしていく所存であり」「その件に関しましては、現在、精査中でございまして」「十分に事態を見極めた上で」――決してイエス、ノーでは答えない。
 ズルイのではない。
 そう答弁せざるを得ないのである。
 なぜなら、政治の役割とは、利害の対立という矛盾した社会を〝調整〟することであるからだ。
 つまり、あっちを立てれば、こっちが立たず、というが社会なのだ。
 たとえば「環境VS経済活動」など、その最たるものだろう。それぞれの立場で正当性を主張し、対処を迫るが、政治家としては「環境も大事、経済活動も大事」とニュートラルの立場に立つしかない。実際、どちらも大事なのだが、利害は対立しているのだ。だから「慎重に見極めてムニャムニャ……」と答弁し、問題を先送りすることになる。
 実は、矛盾ということにおいて、「人生」も同じだと思う。「お金は欲しいけど、働くのはイヤ」「一流校に入りたいけど、勉強はしたくない」「愛して欲しいけど、束縛されるのはイヤ」「楽な仕事で、たくさん給料が欲しい」……。私たちは〝利害の対立〟という矛盾を個々人で抱えながら日々を生きている。
 マジメな人は、この矛盾を割り切ろうとする。割り切れないものを割り切ろうとするから無理が生じ、これが〝苦悩〟へと変化していくのである。
 これが悩みの正体である。
 割り切れないものは、割り切る必要はない。政治家の答弁よろしく、「エー、その件につきましては、エー、現在、協議中でございまして……」と、のらりくらりでいい。矛盾を矛盾のまま抱え、結論は先送りすればいいのだ。そのうち、矛盾のほうで勝手に解決してくれる。人生とは、そういうものなのだ。
 

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