歳時記

馬車ウマは今日も走る

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「いいか、タダで動くのは地震だけだぞ」
 もう30数年前になるだろうか、劇画作家の故・梶原一騎先生が私に言った言葉である。
 いま思えば、この一語に人間関係のすべてが集約されている。
 人間は損得利害で動く。
 少なくとも、損得を考えない人間はいない。
 煩悩がある以上、これは当たり前のことだ。
 夫婦においても、損得は大きな価値基準である。
 このところ、愚妻は私の食事に気をつかってくれている。
「頑張って働いてもらわなくちゃね」
 そう言った。
 これを愛情表現と受け取るか、本心からの損得勘定かはビミョーなところだが、愚妻に限り、損得勘定に決まっている。
 頑張るまでもなく、このところ、私は何だかんだ忙しいのだ。
「わしは馬車ウマか」
 と、愚妻に抗議をしたら、
「じゃ、私は馭者(ぎょしゃ)だわ」
 さらりと言った。
 馬車と馭者。
 このシャレに、私は唸った。
 うまいからではない。
 愚妻でも知的なシャレを言うことがあるのかと、結婚44年にして驚いたのである。
「キミは最近、知的になったな」
 私は本心からホメたのだが、
「何の魂胆なの?」
 ジロリとニラんで
「おカネなら出さないわよ」
 ヘタなお世辞では、愚妻は動かないのだ。
 そろそろ関東も梅雨入りの気配。
 忙しくもあり、6月の早朝散策は休止にした。
 だが、散策こそ休止したものの、馬車ウマは馭者にムチ打たれ、今日も走り続けるのだ。

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