瞑想を継続している。
とは言っても、まだ3日。
何事も「3日(みっか)、3月(みつき)、3年(さんねん)」と言う。
その第一関門は見事に突破したことになる。
瞑想は、就寝前の1日1回で5分としているが、ポモロードタイマーが25分仕事の5分休息なので、この5分を瞑想の時間に充てることにした。
この方法についてAIに質問すると、脳の疲労回復にもつながりグッドアイデアとのこと。
そんなわけで、瞑想は1日に結構な回数になる。
そのせいか、瞑想の効果とおぼしきものがすぐにあらわれた(たぶん)。
まず、仕事に精神的なゆとりを持つようになった。
唐突な「ゆとり」である。
延び延びの原稿もあるのだが、
(ま、いいか)
ということで、昨日の朝は急に思い立ち、往復4時間をかけて銚子まで刺身を食べに行った。
急ぎの仕事の依頼がきたが、これもニコやかに断った。
人生から「急ぎ」を排するのだ。
そして、スマホ。
手元に置いておくことがわずらわしくなった。
ここ二日間、スイッチを切り、昼と夕方と二度ほど起動してチェックするだけ。
昼間はPCに向かって原稿をかいているので、用事があればこちらでメールを受信するので問題なし。
少なくとも電話からは解放される。
こうして生活のリズムが全体に「ゆったりパターン」になってきたのは、瞑想のおかげに違いない(たぶん)。
そんなことから考えるに、わずか5分でも生活パターンを変えるだけで日常生活が変わるということになる。
「日常生活」の総体が「人生」である以上、人生も人生観も変わるのは道理というものだ。
何かを始めるもよし、何かを辞めるもよし。
そして、厭(あ)きてきたら、また変える。
人生は変幻自在をもって善(よし)とするのだ。