歳時記

「攻め」の生き方

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昨日は「四十九日」のお参りに出かけた。
早く着いたので、会場近くのショッピングセンター駐車場で時間調整をしていると、頭髪を逆立て、ピンク色に染めた若者が歩いていた。

私は彼の後ろ姿を目で追いながら、

(頭髪が先天的にピンクだったら、きっと悩むんだろうな)

と思いつつ、「自分の意思」でやることは、どんなものでもコンプレックスにならないのだということを再認識した。

たとえばジーンズだって、膝のあたりを破いたものを穿いている若者を見かけるが、あれは「自分の意志」だから得意顔でいられる。

お金がないため、やむを得ず破れたジーンズを穿いているのであれば、恥ずかしく思うだろう。
「破れたジーンズ」と「破いたジーンズ」の違いである。

すなわち、コンプレックスや悩みの本質は、現状や結果が「自分の意志が及ばないこと」にあることがわかる。

愚妻の頭髪は思ったほど抜けていないが、本人は気にしている。

「記念に写真に撮っておいてやる」
と言ったら怒っていた。

これは、図らずも頭髪が薄くなったから気にするのであって、私など自分の意志でスキンヘッドにしているため何ともない。

ならば愚妻も「自分の意思」で頭髪を薄くしたと思えば、気にしなくなるということだ。

金銭にしてもそうだ。

「お金が儲からない」
と思えば気が滅入るが、
「儲けないのだ」
と、現状に「自分の意志」を持ち込めば、また違った思いになるだろう。

これを「攻めの生き方」というのだ。

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