歳時記

生死というパラドックス

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奥歯の調子が悪くなりそうだ。
悪いわけではない。
悪くなりそうなのだ。

鎮痛剤アレルギーなので、痛くなってからではヤバイ。
転ばぬ先の杖ならぬ「痛む前の歯医者」というわけだ。

いつも行く歯医者に予約の電話。
なかなか出ない。
自宅の一室を診察室にし、先生が一人でやっている。
看護婦はいない。

だからか、あまり流行ってはいない。
私はこういう雰囲気が好きなので、歯医者はここに決めている。

奥さんらしき人が電話に出た。
予約したいと告げると、
「主人は4日前に亡くなりました」

驚いた。
心不全だとおっしゃった。
お悔やみを言って電話を切った。

人間、明日はわからない。
あらためて、そう思った。

そこで問題は「どう生きるか」である。

人生に目標をもった努力の日々か、享楽の日々か。

享楽の日々に魅力を感じるが、享楽は「苦」や「努力」があって成り立つ。
すなわち享楽の日々に「享楽」は存在しないというパラドックス。

生死もしかり。
「生」のなかに「生」はなく、「死」のなかにこそ「生」はある。

死を考えることは、まさに生きることを考えることだと、歯科医の死に思うことである。

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