歳時記

欲と詐欺師。

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今月から毎週水曜日の夜、9時過ぎに稽古が終わってから、愚妻が御用達の日帰り温泉へ出かけている。

炭酸風呂、源泉、サウナに水風呂と手早くすませ、1時間で帰る。

「夜は暗いでしょう。朝か日中にしたら? 景色が見えて気持ちがいいわよ」
愚妻がバチ当たりなことを言う。
私だってそうしたいが、そんな時間がどこにある。

確かに露天から空を仰いでも、抜けるような青空はない。
何ヶ所かライトを照らしているので、夜空の星もイマイチである。

だが、暗いだけに、いろんなことが脳裡をよぎる。

星を眺めながら、
(どんな欲深な人間も、あの星が欲しいと思わないだろう)
と、そんなことを考える。
望んでも、星は手に入らないことがわかっているからだ。

とすると、人間が欲望に身を焦がすのは、
「手に入るかもしれない」
というモノやコトに対してということになる。

つまり、爪先立てば手が届くかもしれないと思い、頑張って爪先立ちをする、そのことに身を焦がすということになる。

別の言い方をすれば、鼻先のニンジンを追いかけるのは、ニンジンが鼻先にあるからで、
「手に入るかもしれない」
と思うからである。

ジャンプしても届かぬ屋根の上にあったのでは、ハナからあきらめるだろう。
ここに人を動かす実戦心理術がある。

「よし、お前に1千万円の指環を買ってやろう」
と愚妻に言ったのでは、鼻で笑うだろうが、
「100万円の指環」
と言えば、本気にする。

「30万円のピアス」
と言えば、明日にでも買ってくれると思う。

本気にさせれば、機嫌もサービスも極端によくなるだろう。
(よし、この手でいくか)
と露天の湯船で考えたが、問題は、あとでこれをどうごまかし、納得させるか。

ここで、ハタと困った。

そう言えば以前、土地専門の詐欺師が、こんなことを言っていた。
「人を騙すことはシロウトでもできますよ。問題は、騙しておいて、いかに相手に騙されたと思わせないか。ここがプロなんですよ」

なるほどそうかもしれない。

だが、この詐欺師をもってしても、愚妻を騙すことはできないのではないか。
愚妻を騙したらプロ中のプロになれる。
夜空を仰ぎながら、ちょうど一週間前の水曜夜、露天で思うことであった。

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