歳時記

「茶髪」考

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 高校生の茶髪問題をめぐり、学校の指導法について論争が起こっている。
 発端は、女子生徒が生まれつき茶色の頭髪を黒く染めるよう学校から強要され、精神的苦痛を受けたとして提訴したことだ。
 生まれつきの頭髪の色を変えろというのは論外であるとしても、なぜ学校はこうまで茶髪に神経をとがらせるのか。
 因果関係はわからないが、茶髪にするのは非行に走る兆候であると、これは保護司としての私の実感である。
 地毛は別として、おしゃれで茶髪に染めるべきではないと私は思っている。
 だが、私が引っかかるのは、そんなことではない。
 たとえばサッカーの本田圭祐選手は茶髪である。
 メディアが「英雄」と持ち上げる選手が茶髪であれば、若者がそれをマネしたくなるのは自然なことだろう。
 あるいは、人気芸人の松本人志も金髪である。
 世相について論評したりコメントし、それがネットで大きく取り上げられる。
 彼もまた、存在としては有名人という「英雄」である。
 となれば、たとえばサッカー部コーチと部員の間で、次のような会話になるべきだ。
「おまえたち、頑張って本田選手のようになるんだぞ!」
「じゃ、コーチ、自分は茶髪にします」
「よし、それがいい。まず形からマネをするんだ! わがサッカー部は全員、茶髪にしろ!」
「校長先生、怒りませんか?」
「バカ者。英雄のマネをしてどこが悪い!」
 なぜ、そうはならないのか。
 価値観や評価は所詮、ダブルスタンダードということなのだ。
 
 

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