歳時記

夜空の月と、金子信雄さん

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 唐突に、昔のことが脳裏をよぎることがある。
 昨夜は稽古の後、頭上の月を見上げてふと、俳優・金子信雄さんことが脳裏をよぎった。
 察するに、菅原文太さんが亡くなったことで、映画『仁義なき戦い』のことを思い浮かべ、そこから同映画で「山守組長」を好演した金子信雄さんを連想したのだろう。
 金子さんは平成7年に亡くなっているから、かれこれ20年になる。
 私は週刊誌記者時代、いくつもの連載対談を担当したが、金子信雄さんをホストにして連載したことがある。
 そのご縁で、よく飲みに連れて行っていただいた。
 金子さんのご自宅は杉並区の浜田山にあり、プライベートで飲み歩くのはたいてい阿佐ヶ谷だった。
 そのころ私は練馬区の中村橋に住んでいて、阿佐ヶ谷に近いことから、金子さんのお声掛かりで、阿佐ヶ谷の飲み屋をよくご一緒した。
 金子さんの〝飲み仲間〟が阿佐ヶ谷で宝石店をやっていたことから、
「おい、向谷君。ダイヤの指輪を安くさせるから、奥さんに買ってやれ」
 と金子さんに言われ、断るわけにもいかず、無理して愚妻にプレゼントしたものだ。
 人間の頭のなかは不思議なもので、夜空の月を見上げただけで、そんなことを唐突に思い出したのである。
 映画『仁義なき戦い』は、金子信雄さんの「山守組長」のキャラがヒットの一因だった。
「山守組長」の役は当初、東映としては三國連太郎さんを考えていたと、原作者の故・飯干晃一さんから聞いたことがある。
「山守組長は三國さんのキャラじゃないと、これだけは反対したんです」
 と飯干さんは私に言った。
 さすが、慧眼であると、いまさらながら敬服している。
 金子さんはダジャレが大好きで、「ホーイフレンド」のことを、
「あれはね、棒フレンドと言うんだ」
 と、下ネタにして笑ったり、山守組長のキャラに通じるものがある人だったが、もともと小説志望で、運命のイタズラで俳優になったのだと、飲むとよくおっしゃっていた。
「本当はね、芥川賞が欲しかったんだ」
 人気俳優になり、自分の劇団まで持ちながら、見果てぬ夢を心の片隅に抱く金子信雄さんの言葉に、人間は結局、満たされることがないのだということを、このとき思ったことを覚えている。

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