歳時記

「勝利至上主義」という批判

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 体罰をめぐる問題が、次第に「勝利至上主義」へと批判の矛先が向かいつつある。
「勝利至上主義」が体罰の温床になっているというわけだ。
 それは、私もあると思う。
 だが、「体罰」と「勝つこと」は別問題であることを忘れてはならない。
 スポーツがルールに則って勝敗を競うものである以上、試合は「勝利」が絶対目標である。
「高校生の場合は勝ち負けだけじゃない」
 というのは詭弁である。
 高校スポーツの延長線上にオリンピックがあるのだ。
 オリンピックで活躍した選手に国民栄誉賞を与えておいて、
「勝利至上主義はいかん」
 とは笑止千万ではないか。
「勝利至上主義」がいけないというなら、
「東京オリンピックは金、銀、銅という勝ち負けを廃止し、楽しい競技大会にします」
 とでも言って招致運動をすればよい。
 世界中が腹をかかえて笑ってくれることだろう。
 スポーツも武道も、競技に出場する以上は、勝つべく最善の努力をすべきだ。
 だが、みんなが勝てるわけではない。
 だから試合や練習に勝ち負け以外の意味を見いだすことは、もちろん大事だ。
 ただし、「勝ち負け以外に意味を見いだすこと」は、「勝つことを目的として努力すること」を否定するものではない。
 ここを混同してはなるまい。
 軽々に「勝利至上主義」と言って、したり顔での批判は謹むべきだと私は思うのである。

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