歳時記

私はヘソ曲がりなのだろうか

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 今日、久しぶりに畑へ行った。
 理由はない。
 ただの気まぐれで、畑指南役の87歳と愚妻を乗っけてクルマで出かけた。
 途中、細い道で、対向車と鉢合わせになった。
 対向車は停まるや、すぐに退がり始めたので、私はクラクションを軽く鳴らして合図し、私のほうがバックしたのである。
 対向車は初老の夫婦。
 頭を下げながら通り抜けて行った、その直後。
 私のクルマの左後部がガガガッとイヤな音がした。
「ぶつかったわよ!」
 助手席の愚妻が、険しい顔で私をニラんだのである。
 そして、こう言った。
「相手がバックしかかったんだから、そのまま進めばいいじゃなの」
 言われてみれば、ナルホドごもっともなことで、
(私はなぜ相手が後退しようするのを制止して、私がバックしたのだろうか)
 この理由が自分でわからず、今日は一日中、バックした理由について頭を悩ませていたのである。
 ところが、先ほど自宅の風呂の湯船に身体を沈めたとたん、
(そうか)
 と、氷解した。
 私は、人の好意に甘えるのがイヤなのだ。
 もっと言えば、お礼を言って頭を下げるのが苦手なのだ。
 だから相手のクルマにバックされると、頭を下げて通り過ぎなければならない。
 そのことが無意識にわかっているから、咄嗟に私のほうで退がったというわけである。
 私は、たとえば馴染みのレストランで、
「よかったらどうぞ」
 と、ちょっとしたものをサービスで出してくれたりするが、そういうのが心苦しいのだ。
「ありがとう」
 と言って頭を下げるのが苦手なのだ。
 反対に、人にサービスするのは大好きだ。
 お礼など言ってもらわなくて全然かまわない。
 むしろ丁重なお礼は相手に精神的な負担をかけたようで、これも心苦しくなるのだ。
 そんな私を、
「おかしな人よねぇ」
 と愚妻はあきれる。
「ヘソ曲がりよねぇ」
 と、揶揄(やゆ)する。
「バカ者、わしが正常なのだ」
 と、これまで嘯(うそぶ)いてきたが、クルマの後部をガガガッとやった今日は、
(ひょっとして愚妻の言うとおり、わしはヘソ曲がりかもしれん)
 と素直に反省した次第。
 だが、愚妻はブツブツ言っているが、ガガガッも、我が身を振り返るキッカケになったと思えば安いものではないか。
 何事も前向きに考えれば、「今日も心は晴天なり」なのである。
 

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