歳時記

老老介護に孤独死の時代

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 今日は愚妻を大学病院へ連れて行った。
 たいしたことではない。
 白内障で1年ほど前から経過を見ているのだ。
 白内障を放っておいて、愚妻の運転に支障が出ると私が困るから、首に縄をつけて連れて行っているというわけである。
 愚妻の診察が終わるのをロビーで待っていると、老老介護が実に多い。
 お婆さんが、お爺さんを車椅子に乗せて押していたり、その逆もあったりで、いよいよ日本は老老時代に入ってきたということを実感する。
 そういえば、昨日のニュースで、〝ひとり暮らし高齢者〟の安否確認用に、造花を配布している自治体があるというのがあった。
 朝起きてこの造花を玄関に掲げておけば、
「今朝も元気です」
 というサインなのだそうだ。
 このニュースに、私は思わずうなった。
 自治体の配慮は素晴らしい試みであり、長生きはおめでたいことではあるが、朝起きて造花を玄関に掲げ、「今日も元気です」というサインを近所に出すという行為が、私には何となくもの悲しく感じられたのである。
 今日。
「生きてますか?」
「うん、生きているよ」
 明日。
「生きてますか?」
「うん、生きているよ」
 明後日。
「生きてますか?」
「――」
「あっ、亡くなった!」
 孤独死をなくそうという自治体の試みと誠意は尊いとしながらも、人間は本来、無量寿経に説くがごとく「独生独死独居独来」なのだ。
 私なら人知れず死んで本望だ。
 いや、孤独死を本望とする覚悟をもって生きていきたいと願うのである。
 しばらくして、愚妻が診察を終えて出てきた。
 心なしか、しょげて見える。
「年が明けたら手術しなくちゃいけないみたい」
 不安そうな顔で言うから、私は厳しく叱責した。
「バカ者! 老老介護に孤独死の時代だ。白内障ごときで、なにをうろたえておる!」
 愚妻はキョトンとして、
「あなた、どうかしたの?」
 所詮、ノンキな女なのだ。

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