歳時記

爺さんが畑でホメられた

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 畑もシーンズオフになった。
 100坪の畑は返上して、近場の20坪だけ。
 86歳の親父が〝専任〟として自転車で通っているのだが、当初は週に1回程度だった。
 それが秋口から3日に1回と、畑に行くピッチがあがってきた。
 で、ある日のこと。
 爺さんがニカッと笑って、
「畑で、ときどき顔を合わす人から〝農家をやっとったんですか〟言うて訊かれたんじゃ」
 作物を上手に作っていると、ホメられたのだそうだ。
 人間、いくつになってホメられるのは嬉しいとみえ、爺さんの喜ぶまいことか。
 なるほど、それで3日に1回になったわけか。
「そんなの、お世辞に決まってるじゃないか」
 なんてヤボは、もちろん言わない。
 私は声を落とし、真顔で言った。
「オヤジ、ホメられた以上、ヘタな野菜を作ったら笑われるぞ」
 爺さん、真剣な顔でコクリと頷き、それからというもの、毎日畑へ出かけるようになった。
 事情を知らない愚妻が、
「朝行って、昼からも行ったわよ」
 と感心する日もある。
 ホメられるということがいかにプレッシャーになるか、86歳の親父を見ながら納得しつつ、
(いや、このプレッシャーを「生き甲斐」と言うのかもしれない)
 と、さらなる納得をした次第である。

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