歳時記

ホンネと反対を演出せよ

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 晴天の昨日、畑へ出かけた。
 ジャガイモの〝芽欠き〟をし、土を耕して茄子を植える準備をする。
 一昨日、知り合いの農家でタケノコやミツバ、ニラなどをもらっているので、収穫がなくても女房のご機嫌はうるわしく、鼻歌混じりでセッセと鍬を振るっている。
 趣味の花畑をつくっているのだ。
 収穫以外は「私の役目じゃない」と言って、耕すことも、草を取ることも拒否する女房が、自分の趣味のこととなると額に汗である。
 ゲンキンなものではないか。
 張り切りすぎて、
「めまいがする」
 と勝手なことを言っていた。
 2時間ほどして、
「さあて、そろそろ仕舞いにするか」
 親父の言葉で畑仕事は終わったのだが、実はこの〝終了コール〟を聞いて、
(ハハーン、畑の指南役として威張っていたいんだな)
 と、私は思った。
 週刊誌記者時代に何度も経験したことだが、ヤクザ親分や大御所芸能人、ワガママ文化人などの酒席は疲れる。
 彼らは、〝終了コール〟は自分の口で発するものだと思っているからだ。
「じゃ、そろそろ……」
 と、こちらから〝終了コール〟をしようものなら、
「なに言うてんネン。まだ2時やないか」
 引き留めて帰さない。
 ところが、同じ深夜の2時でも、帰りたいのを我慢して愛想よくつき合っていると、
「おっ、2時やな。そろそろお開きにしよか」
 と〝終了コール〟になる。
 駆け出しのころ、この心理がわからず、私のほうから〝終了コール〟をして、結果、朝までつき合わされたりしたものだった。
《武士は食わねど高楊枝》
 という諺があるが、まさに人間関係について至言である。
 早く帰りたいときは、ずっと居たいという素振りをする。
 金が欲しいときは、鷹揚に構えて見せる。
 つらいときはニッコリ笑顔を、そして嬉しいときは気難しい表情をする。
 ホンネと反対の自分を見せれば、事態はたいてい意のままに動くものだ。
 追えば逃げる、拒(こば)めば押しかけてくる――良くも悪くも、これが人生の実相なのである。

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