先日、都内某私鉄駅のホームで、電車を待っているときのことだ。
「××ちゃん、危ないわよ。端っこに行くと、おっこちて電車に引かれちゃうから」
若い母親が、ベンチに座って煙草を吹かしながら、ホームをヨチヨチと歩きまわる幼児を叱っていた。
(横着しないで、手を取ればいいものを)
と思いながら眺めているうち、アナウンスに続いて電車が前方からホームに入ってきた、そのときである。
「××ちゃん! 退がりなさい!」
母親が怒鳴って、跳び上がった。
幼児が見入られたかのように、進入してくる電車に向かってヨロけて行ったのである。
母親の悲鳴より早く、私が幼児を背後から抱きかかえ、ことなきを得たが、
「端っこへ行くと、危ないって言ったでしょ!」
私に礼を言うのも忘れて、母親は幼児を叱りつけていた。
が、しかし、この幼児に罪はないのだ。
なぜなら人間には《視覚吸引作用》というものがあるからだ。
これは心理学用語で、恐いもの、恐怖を感じるものを見ると、そこへ吸い込まれるように進んでしまう現象のことで、この幼児はおそらく〝危ない〟という恐怖心が、逆にホームの端へと進ませたのだと、私は見ていて思った。
この話をしたのはほかでもない。
《視覚吸引作用》と同じように、人間の心には《不徳吸引作用》があるものと私は考えているからだ。嫉妬、不平、不満、愚痴、悪口……etc。言ってはけないこと、やってはいけないことと承知していながら、その不徳の世界に吸い込まれてしまうのである。
善悪の区別は誰でもつく。しかし、区別がついていてなお、《悪徳》に手を染めてしまう。これが《不徳吸引作用》であり、その根源にあるのが、仏道で言う「煩悩(ぼんのう)」なのである。
人の悪口を言いたくなったら、不満が生じたら、人がねたましくなったら、どうぞ《不徳吸引作用》という言葉を思い出していただきたい。
気持ちがスーッと楽になるはずである。
煩悩が引き起こす「不徳吸引作用」
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