歳時記

「山本モナって、誰だ?」

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《てるてる坊主》に《ないない坊主》という言葉がある。
 私が勝手につくったものだ。 
「あっ、それね。知ってる知ってる」
 これが《てるてる坊主》で、
「何のこと? 知らない知らない」
これが《ないない坊主》である。
 どちらも、自分という存在を、より大きく見せようとするときに発する言葉だ。
「安倍総理? 知ってる知ってる。オレの先輩に山口県出身の人がいてさ。その先輩の親戚の人が、安倍総理の関係者の友人と知り合いなんだ」
 こんな調子で、いかに自分の人脈が広いか、自慢にならない自慢をする。《てるてる坊主》にかかれば、安倍総理どころか、ブッシュだってプーチンだって〝知り合い〟になってしまうのだ。
《ないない坊主》は、その逆だ。
「オレ、コーヒー」
 女性客と一緒にファミレスに入ってきたホストが注文する。
「では、あちらのドリンクバーでお願いします」
「それって、持ってきてくれないって意味?」
「はい、ドリンクバーになっておりますので」
「ヘェーッ、ファミレスってそうなんだ。知らなかったなァ」
 女性客に肩をすくめてみせる。「知らない知らない」と強調することで、「オレって、ファミレスなんか行かないもんね」 と、言外にホストの兄ィちゃんはカッコつけているのである。
 どっちも、姑息な連中だと、私はバカにしていたのだが、先日、私は、結果として、似たようなカッコづけをしていたのだ。
 酒席でのこと。
「でも、山本モナって、いい女ですよね」
 と、編集者の一人が話を振ってきたのだが、私は「山本モナ」を知らなかった。
「AV嬢?」
「まさか」
「ああ、倖田來未のライバルか」
「ゲッ」
 ヘタな冗談だと思ったのだろう。座が一瞬シラケた。
 だが私は、「山本モナ」という名前も顔も、本当に知らなかったのだ。
 民主党のナントカという議員が女性キャスターと不倫して云々……というニュースは知っていたが、その相手の女性については、とんと興味がなかったからである。
 それに、テレビを見ることはめったにないし、このところ何だかんだと忙しくて、週刊誌も読んでいない。だからスキャンダルの相手が「山本モナ」というキャスターであることも、「山本モナ」がどんな女性であるかも知らなかったのである。
 ところが、一緒にいた連中は、
(山本モナの一件を知らねぇわけないだろう。カッコつけやがって)
 そんな目で私を見ている。ファミレスのドリンクバーを「知らない知らない」と言ってみせた《ないない坊主》を見る目つきだったのである。
 このとき、私は悟った。
「みんなが知っていることは、知っていなければならないし、みんなが知らないことは、知る必要がないのだ」——と。
 つまり、「長いものには巻かれろ」という処世訓の意味が、なんとなく理解できたのである。

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