一昨日のことだ。
午後から〝健康ランド〟出かけ、湯船で手足を伸ばしていると、洗い場から口笛が聞こえてきた。
(どこかで聞いたメロディーだな)
と思いつつ、つられるようにハミングして、愕然とした。
何と、アメリカ国歌だったのである。
スポーツ超大国であるアメリカ国歌は各種スポーツ大会でお馴染みだけに、何となく口笛になったのだろう。青年が、身体を洗いながら、口をとがらせて軽快なメロディーを〝演奏〟していた。日本国歌たる「君が代」を口ずさむことはなくても、アメリカ国歌は無意識に口笛になる――これが日本の現状であり、つられてハミングしかけた自分に、私は愕然としたというわけである。
いま、トリノ五輪の真っ最中である。
今日現在で、まだ日の丸は揚がっていないが、小中学校の卒業式で「日の丸」と「君が代」に反対する左翼教師たちは、オリンピックや各種ワールドゲームでは黙りを決め込んでいる。 卒業式という〝ローカルな行事〟では、校長相手に国旗掲揚をボイコットするくせに、オリンピックなど〝世界的な行事〟ではシカトである。「日の丸はけしからん」と言えば、世論の袋叩きに合うことを知っているからである。
だから、知らん顔をする。
イヤな人間たちではないか。
そして――これは自戒の意味を込めて言うのだが――テレビは昼夜を問わずトリノ五輪を放送し、「頑張れニッポン!」とナショナリズムに訴えることで視聴率を稼ごうとしている。
それはいい。
だが、一方で、我らが同胞が北朝鮮に拉致されているのだ。「頑張れニッポン!」のオリンピック中継も意義あることだが、なぜ拉致問題を昼夜を問わず放送しないのだろうか。「頑張れニッポン!」が、なぜ「助け出せ、ニッポン人!」にならないのだろうか。
日の丸、君が代、オリンピック、サッカー、そして拉致問題……。
「愛国心」とは何だろう。アメリカ国歌の口笛を湯船で耳にしながら考えさせられた。
トリノ五輪と「日の丸」
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