歳時記

若い兵士の士気

投稿日:

ロシア軍の若い兵士の士気が低いと、メディアで報じられている。
映像や写真を見る限り、そんな感じがする。

その要因は、メディアや識者が指摘するようにさまざまあるのだろうが、私は若い兵士には、戦争というリアリティが欠如しているせいではないかと思っている。

すなわち彼らにとって戦争とは、顔の見えない遠くの敵地にミサイルを撃ちこむものであって、
「銃で狙って人間を殺す」
というリアルな戦場に立つと、「こんなはずじゃなかった」と腰が引け、逃げ出したくなるのではないか。

このことは戦争に限らず、いまの平均的な若者にも言えるのではないか。

若者はケンカをしないという。

「ケンカ? 意味ないじゃん」
したり顔で言う。

ケンカするよりシカトを選ぶ。
難を避けるために、傍観者の立場から一歩も踏み出さない。
殴り合うというケンカの痛みや恐怖をリアルで体験していないため、「ケンカする」とはどういうことなのか、皮膚感覚で理解できない。

だから、ケンカを売られたら腰が引け、逃げ出そうとする。
臆病であることを恥ずかしいとは思わない。
「善良な市民」という立場に逃げ込み、「暴力反対!」と遠吠えする。

かくして、『義を見てせざるは勇なきなり』という言葉は死語となる。
「火中の栗」を拾うのは誰かであって、決して自分ではないと思っている。

それが「時代の価値観」「風潮」であると言うなら、そうなのだろう。

だが、それでいいのだろうか。

僧籍にある者としては「兵戈無用」を口にし、暴力を否定する。
このことは正しいと思っている。
だが、暴力を否定するには、暴力も必要なときがある。

少なくとも、その覚悟は必要なのではないか。

ロシアのウクライナ侵攻に憤りながら、そんなことを考えるのだ。

-歳時記

Copyright© 日日是耕日 , 2024 All Rights Reserved.