昨夜、鴨川から自宅に帰ってきた。
外灯を点けていない家が、チラホラ目につく。
私は、それが気になるのだ。
ずっと前からそうだ。
外灯は点けるべきだと思っている。
外灯を点けることで、町内の通りを明るくし、それが防犯につながると思うからだ。そう思うのは、たぶん、私が保護司であり、地域の住民会議に関係していることも影響しているのだろう。
で、何年か前のこと。
女房に、外灯を点けていない家を見て悪口を言うと、
「ご主人が帰ってきたから消したんじゃないの」
気にとめる様子もない。
「バカ者! 外灯は亭主のためにあるのではない。町内のために点けておくものだ」
「そういう家庭は、電気代がもったいないと思ってるのよ」
「わずかの電気代をケチっておいて、住みよい街もないだろう!」
ところが、昨夜は違った。
「外灯も点けないでなんだ」
私がクルマで走りながら非難すると、女房はこう言った。
「省エネでしょ」
これには、私は二の句が継げなかった。
省エネ――いま風に言えば「エコ」である。
そして、エコは〝錦の御旗〟である。
アイドリングストップからエアコン温度、クールビズまで、すべては「エコ」。
むろん地球環境問題は人類の緊急課題だ。
それはわかっている。
わかっていて、
(でもなァ)
という危惧がある。
それは〝魔女狩り〟――「エコ・ファッショ」である。
「向谷の家は外灯を点けているぞ!」
「国賊!」
石を投げられる時代が遠からず来るかも知れない。
実際、この私自身が、戦車のようなバカでかいクルマが睥睨(へいげい)するように走っているのを見ると、
(ガソリンを大食いして、そんなことでいいのか!)
すでに〝エコ病〟に冒されているのだ。
〝エコ病〟が〝エコ・ファッショ〟になっていくのではないか、と危惧するユエンである。
で、世間はどのくらい〝エコ病〟に冒されているか、私は試しに女房にこう宣言してみた。
「これから我が家は環境第一。エコでいくぞ」
「じゃ、あなたのオナラをやめてちょうだい」
「それはエコ・ファッショだ!」
「何をワケのわかんないこと言ってんのよ」
ジョークでなく、真顔で言えるところが女の強さか。
地球環境がどうなろうと、女は――少なくも私の女房は――たくましく生きていくに違いない。
省エネという〝エコ病〟
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