歳時記

人生は、酔っぱらいの綱渡り

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 本日、道場内にある仕事部屋の模様替えをした。
 ファックス、コピー、プリンターを1台の複合機に変え、ついでにノートパソコンに変え、それに合わせて机も変え、ついでに資料の整理をした。
 資料整理は〝断行〟である。
「ええい! 取っておいても不要じゃ!」
 片っ端からシュレッダーにかけた。
「ゴミ袋16個よ」
 手伝ってくれた女房が、うんざりした顔で言っていた。
 執筆が遅れてヤバイ状態なのに、
(なあに、環境が変われば一気に書くさ)
 と、嘯(うそぶ)きつつ、1日をつぶしてしまったのである。
 時々、無性に仕事部屋の模様替えをしたくなる。
 たぶん、環境を変えることで、精神的なリセットを無意識に求めているのだろう。
 人間は――現状に問題のある人は別として――基本的に「環境の変化」を好まない。
 馴れた街、馴れた仕事、馴れた人間関係、馴れた配偶者……はどうか知らないが、いずれにせよ、大きな変化は好まない。
 だが――いや、だからこそ「変化」を願望する。
「平々凡々の人生なんか、もうたくさんだ!」
 居酒屋で悪酔いするのは、実は「もうたくさんだ」の現状を変えたくないという「無意識の願望」に対する「無意識の願望」なのである。
 屁理屈みたいたけど、まっ、それが人間ですな。
 国家に統制されていた時代は自由を渇望し、いざ自由を手に入れると、
「人間は、ある程度、縛られているほうが幸せかもしれない」
 などと言い出す。
 独身時代は結婚にあこがれ、いざ結婚すると、
(独りのときはヨカッタナァ)
 かくのごとく、人間はブツブツブツブツ文句を言いながら、酔っぱらいの千鳥足の如く、右に左に蛇行しながら人生街道を歩いていくのだろう。
 問題は、真っ直ぐ〝家〟に帰り着くか、転ぶか、チンピラにブン殴られるか、寝過ごして終点まで行ってしまうか、途中で酔いつぶれるか……。
 ――人生は、酔っぱらいの綱渡り
 いま、ふと脳裏に浮かんだ言葉である。

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