歳時記

「目標」と「過程」

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パリ五輪は、ニュースのついでに観ている。

本当は応援しながら観戦したいのだが、実況放送がいただけない。
アナウンサーやゲストの解説者が番組を盛り上げようとして、あまりに日本人選手をヨイショするので、ヘソ曲がりの私は嫌気がさしてくるのである。
淡々と放送してくれたら、もっともっと楽しめるだろうにと思うのだ。

そんな中で、たまたま競泳女子100mバタフライの準決勝をニュースで目にした。

注目の池江璃花子選手が敗退したが、私が気になったのはレース後、池江選手が涙ながらにインタビューに答えた次の言葉だ。

「なんのために今日まで頑張ってきたのだろうと、そういう気持ちです」

病を克服しての復活だけに気持ちはわかるが、しかし、それだからこそ、目標達成のために今日を頑張るという生き方の危うさが、ここにあるのではないか。

目標を定め、そこから逆算して努力する生き方は、目標が達成されなければ、費やした努力と時間が意味の無いものに思えてしまう。

そうではなく、努力を楽しみ、成績はたまたまその結果にすぎないと考えれば、費やした努力も時間も決して無駄にはならない。

先日、ヤリ投げの北口榛花選手の特番を放送していたが、彼女が語ったこんな言葉が印象に残った。

正確な言葉は忘れたが、
「スポーツというと、勝つためのストイックな部分ばかりがメディアで強調されるが、そうじゃなく、楽しんで練習するという面もあるということを言いたい」

まさに、結果いかんにかかわらず、過程を楽しむという処し方である。

北口選手は成績が振るわない時代をもがき苦しんできた。
その末に辿り着いた「価値観」なのだろう。

人生もしかり。
「目標」をモチベーションとする人生から、「過程」を楽しむ人生へ。
そう思って処するだけで、人生は大きく変わっていくにちがいない。

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