残暑だ猛暑だとテレビの天気予報はにぎやかだが、夜になると虫の音が日増しに高くなってきた。
いよいよ秋である。
季節は秋だが、さて70代の私の人生は「秋」か「冬」か。
虫の音に耳を遊ばせながら、ベッドに横になってそんなことを考える。
インドでは人生を四期に分ける。
若いときは「学生期」と言い、勉強し修行する期間。
次いで「家住期」は仕事に励む働き盛りの期間。
存分に働いて一段落すると「林住期」となり、静かに林の中で瞑想して人間性を高める期間である。
そして、最後は「遊行期」。
臨終まで全国を行脚して最後はガンジス川沿いに住み、死期を迎える。
人生を四期に分け、自分の年齢に応じた生き方をするのが、自然で幸せな生き方とする。
さて、12月に73歳になる私は、「林住期」か「遊行期」か。
いまさら人間性を高める期間でもあるまいが、さりとて全国行脚するほど枯れてもいない。
70代前半の人生は実に難しいのだ。
過日、医者とガンの手術について話しをしていて、手術するかどうか頭を悩ますのが70代前半の患者だと言っていた。
80代であるなら、余命人生を考えると無理して手術は勧めないが、70代は実にビミョーというわけである。
昨日、旧友に会ったら、それと同じようなことを言っていた。
ここでくわしくは書けないが、私と同い年の旧友は左翼運動一筋の男で、ある書籍企画を口にしつつ、
「5年経てば無理だろうが、年齢的に今ならまだ書ける」
と気合い十分であった。
彼の意識は「遊行期」どころか「林住期」ですらない。
親鸞さんは言う。
「凡夫といふは、無明煩悩われらが身にみちみちて、欲もおほく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおほくひまなくして、臨終の一念にいたるまで、とどまらず、きえず、たえず」
煩悩熾盛(ぼんのうしじょう)の私たちは、静かに林の中で瞑想して人間性を高める期間など死ぬまで来ないようである。