歳時記

「もし」という不安

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このところ、夜はアマゾンプライムで戦争映画を観ている。
年代と制作サイドによって、戦争がどう描かれているか知りたかったからだが、そばで見ていた愚妻が溜息まじりに言う。

「どうして戦争なんかするのかしらねぇ」

愚問と承知しながら、植民地支配から第二次世界大戦まで、背景と経緯について説明してやるが、愚妻は納得しない。
「そりゃ、理由はいろいろあるだろうけど、戦争することはないじゃないの」

この一点張りである。

理屈を説いても納得しないので、「煩悩」を持ち出し、
「時の為政者が富や領土に執着し、欲に突き動かされてそれを拡大しようとする。この欲求は、どうにもできないことなのだ」

そう説明するが、
「だからといって戦争することはないじゃないの」

虚仮(こけ)の一念で、納得しない。

「じゃ、もし中国やロシアに攻められてきたらどうする」
視点を変えてみる。

「それは困るわね」
「困るが、日本を守るためには戦争するしかないだろう」
「それもそうね」

コロリと戦争に納得している。

憲法改正、軍備増強に対する説得は、
「攻められてきたらどうする」
という一語につきるのである。

「もし、ドロボーに入られたらどうする」
「もし、地震が起きたらどうする」
「もし、入試に失敗したらどうする」
「もし、認知症になったらどうする」
「もし、膝が痛くなったらどうする」
「もし、老後にお金が足りなくなったらどうする」

「もし、○○ならば」
というネガティブな前提は人の心を動かす。

私たちは常に、予測不可能な「明日」という未来に心を砕いているからだ。

そして不安とは、この「心を砕くこと」から生じる。

だから、
「もし」
というネガティブな前提が脳裡をよぎったときは、
「もしもし亀よ、亀さんよ」
と鼻歌をうたうといいだろう。

「もし、老後にお金が足りなくなったらどうする」
「大丈夫、何とかなるさ。もしもし亀よ、亀さんよ。そんなこと知ったことか」

これでハッピーになるのだ。

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