歳時記

政治家の「言葉の軽ろき」

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今日は、銀座の和食店で知人と昼食をとった。
法務以外は「不要・不急」の外出自粛をずっと続けていたが、今日は「要」の用事なので出かけた次第。

だけど、和食屋さん、にぎわっていたな。
銀座の駐車場もいつもと同じで満車状態。
夜はいざ知らず、これが非常事態宣言下の東京なのかと思ってしまう。

たぶん、コロナ感染はヤバイとは思いつつも、
「政府の言うことなんか聞いていられるか」
と、ガースー総理や、木で鼻をくくったような会見をする加藤官房長官、小池パフォーマーに対する腹立たしさもあるのだろう。

オリンピックだって、国民のみんなが「できない」と思っているのに、前記の三人と森元総理は「やる」と何度もメディアで言い切っている。

中止になれば、
「国民、そして世界の人々の健康を第一に考え、断腸の思いで決断しました」
口をそろえて、そんなことを言うのだろう。

石川啄木のよく知られた歌に、
『たわむれに母を背負ひ(い)て そのあまり軽ろきに泣きて 三歩歩ま(め)ず』
というのがある。

これを、私はこう言い換える。

『たわむれに「開催する」と言いて そのあまりに軽ろきにあきれて 二の句が継げず』

政治家の命は「言葉」である。
言葉がすべてだ。

正直に言えというわけではない。
駆け引きもあるだろう。
だが、底の見える「ウソ」をつく政治家に信をおく国民はいない。
だから非常事態宣言に従わないのだ。

3月下旬から聖火リレーはスタートする。
いっそのこと、森、ガースー、小池、加藤、ついでに二階が順番に「非常事態宣言の県」をリレーしたらどうだ。
世界の人々は、彼らの決意と熱意を見て拍手喝采する(わけがないか)。

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