歳時記

失敗こそ「師」

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眠気というのは不思議なものである。
朝起きるのが早いので、午後など睡魔に襲われることがあるが、それを過ぎると何ともなくなる。

そのことがわかってくると、早起きが平気になる。
起床こそ眠いが、すぐに目が冴えてくることを知っているので、起きるのは何ともないというわけである。

つまり、ものごとは「知る」ということが大事。
それも机上ではなく、体験として「知る」ことであり、「経験こそ最高の師」というのはそういう意味である。

法務も大小含め、ずいぶんドジを踏んだ。
チンを鳴らすのに、カッコつけて動作を大きくしたらフライングで鳴らしたこともあれば、読経しているときに遺影に気を取られ、故人の人生に思いを馳せていてお経を間違えそうになったり。

先夜は、式場の係りとの連携が悪く、焼香の案内がないまま読経が終わってしまい、係りが私の耳元で、
「まだ、ご焼香が」
あせって、ささやいた。

あとで係りに平謝りされたが、私はいい経験をさせてもらったと、ありがたく思った。
なぜならドジや失敗は、ひと通り経験すれば、「次」は無くなるからだ。
言い換えれば、ひと通り経験するまでドジは踏むということである。

だから何事も、
「失敗すまい」
と考えるのではなく、
「早いとこ失敗しよう」
と、ポジティブに考えて正解となるのだ。

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