歳時記

人生に是非はなし

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 大正期の名横綱に栃木山がいる。
 歴代の横綱で最も軽量だったが、怪力を生かし、腰を割って摺り足で押す理詰めの堅実な相撲を取った。
 相撲界初の叙勲者で、勲四等瑞宝章が贈られている。
 この栃木山が説いた〝強くなる秘訣〟を、関西大学名誉教授の矢沢永一氏が、著書『宮本武蔵 五輪書の読み方』のなかで紹介している。
 技術論を中心に二十六箇条から成り、兵法や剣術指南書のような哲学的な表現こそないが、日々の処し方を人生の指南書として読めば、人それぞれの境遇において感じるところがあるだろう。
 なかでも興味を引かれるのは、次の言葉だ。
「いつも〝相撲〟の二字を胸にしまっておけ。そうすれば、酒一升飲むところが八合になる。十一時過ぎに帰るつもりが十時になる。それが明日の相撲につながる」
「相撲」を「仕事」や「夢」など、自分がなすべきことに置き換えて読み解けば、自戒すべきは日々の心構えと生活態度ということになる。
 だが、
「なるほど」
 と唸る一方で、怠惰な生活もまた、捨てがたい。
「いつも〝人生享楽〟の四字を胸にしまっておけ。そうすれば、酒一升飲むところが一升五合になり、十一時過ぎに帰るつもりが深夜になる。それが明日の二日酔いつながる」
 どっちを生きるかを「人生観」と言うのだろう。
 人生に是非はない。

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